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闇還りさんと、マニ教など

前回の記事の続きです。





この翌日、前回のときの闇さん(もう光のが大きいので、なんと呼ぼうかな~。闇還りさんとでもしよう。)を内に感じていて、違和感を感じた。


そう、この闇還りさんは正確には私の中のものではなかったのでした。


ちょっと闇還りさんと会話して、闇還りさん自ら、出るのが良いということに・・・。


3次元じゃない会話は、予測不可能自体に陥っても、ほとんど、ぶれないで、スムーズだな~。


愛、愛だな。

ありがと☆


出るに際して、何やら、フォローワークをおこなったような気もしますが、忘れてしまいました。
エーテルコードの切断みたいなのは、おこなったものの中の一つかも。



闇について、参考になる文章がいろいろありました。

引用させていただきます。


「神殿伝説と黄金伝説 シュターナー秘教講義より」
  by ルドルフ シュターナー ・高橋 巌

マニ教について


「マニ教の伝説は、偉大な宇宙伝説であり、超感覚的な種類の伝説なのです。

それは、次のように語られています。


昔、闇の国の霊たちが、光の国に戦いを挑みました。

彼らは、本当に光の国の境界にまでやって来て、光の国を征服しようとしました。

しかし、彼らは、光の国に対しては、何もできませんでした。


そこで、彼らは、---ここに特別な意味があります。---光の国によって罰せられなければなりませんでした。

ところが、光の国には悪は何もなく、善だけがありました。

ですから、闇の悪魔は、善によってのみ罰せられえたのでした。


さて、何が起こったでしょうか。

以下の事が起こりました。


光の国の霊たちは、彼ら自身の国の一部を取って、これを闇の物質に混ぜました。

光の国の一部が、闇の国と混ざったことによって、闇の国に、いわばパン種・発酵成分が生じ、それが闇の国を混乱した旋回舞踏の状態にしてしまいました。

それにより、あるひとつの新しい要素が、つまり死が生じたのです。

闇の国は、絶えず自分を消耗し、自分を破壊する芽を担うようになったのです。


物語はさらに続きます。

このことが起こったことによって、まさに人類が生じたのです。

原人は、闇の国と混ざり合うために、そして闇の国の中に存在してはならないものを、死によって克服するために、光の国から送られてきたのです。

闇の国を、それ自身において克服するためです。


この物語の中に秘められている深い考えは、闇の国は光の国によって、罰によるのではなく、寛大さによって、征服されるべきだということです。

悪を追放することによってではなく、悪と融合することによって、悪を解放するのです。

光の一部が悪の中に入ることによって、悪自身が克服されるのです。


私がしばしば神智学的なものとして説明した悪についての見解は、今述べたことに基づいています。

悪とは何なのでしょう。


それは、時と所を間違えた善に他なりません。

たとえば、---私はこのことをよく例として引用しますがーーー次のように考えてみてください。

優秀なピアニストと優秀なピアノ制作者がいるとします。

その二人は両者とも完璧な技術をもっています。


まずはじめに、制作者が楽器を制作して、それをピアニストに渡さなければなりません。

もしピアニストがよい演奏家だとしたら、彼はそのピアノをふさわしい方法で使用するでしょう。

そこでは、いわば両方とも善であると言えます。


しかし、もしも演奏家の代わりに、制作者がコンサート会場に行き、演奏しないで、ピアノの調整をし始めたとしたら、彼は間違った場所にいることになります。

すると善は悪になります。

悪は間違った場所での善に他ならないのです。


ある時には非常に優れた善であるところのものが、さらに自己を保持し続けるならば、それは硬化したものになり、進歩を妨害することで善に反抗し、疑いもなく悪になってしまいます。

たとえば、月紀の指導的な諸力が、その活動を排他的におこなうならば、その諸力は、その後の発展にも介入し、そのことによって地球紀の発展の中で、悪を現すことになるにちがいないのです。

そのように、悪は神的なるもの以外の何物でもありません。

なぜなら、場違いな時の悪は、かつての時代においては、完全なるもの、神的なるものの表現であったのだからです。


私たちはマニ教の観点を、このような深い意味において把握しなければなりません。


すなわち、善と悪は同じ種類のものであり、初めと終わりが同じなのです。

このようにこの見解を把握するなら、マニが何を語ろうとしていたかおわかりなるでしょう。」



~~~~~~~~~~~~~


闇の行き先・・・・・


どこに定めたい?


どこを目指したい?


今、闇と感じられるもの、闇として内包しているもの、闇をベターな位置にどう、いざなえるのだろう?



行きたい方へ、生きたい方へ










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森山真名(まな・みこ)

  • Author:森山真名(まな・みこ)
  • Harmonious Creation
      (ハモくり)
      

    ハッピーコンサルティション、α-healing (Alpha-healing)ヒーリングセッションシリーズ、開運産土神社リサーチ、土地の浄化活性化、講座、その他の特別セッション、天命開名コンサルティション、心身エナジートリートメントメルマガ、さまざまな手法を駆使して豊かな開運をサポートします♪

    素敵な人生、日本、世界にしていきまっしょ☆


    エナジーカフェ、スターシップイベントを不定期に開催中。
    ほっこり、お茶しにいらしてね~^^


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